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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)22号 判決

控訴人 大和農産工業株式会社

被控訴人 株式会社福岡銀行

主文

原判決を取り消す

被控訴人の請求を棄却する

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする

事実

控訴人は合式の呼出を受けながら昭和二九年五月一九日午前一〇時の当審最初の口頭弁論期日に出頭しないので、控訴状記載の事項を陳述したものとみなし、被控訴人に弁論を命じた。

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、左記以外は原判決に示す通りである。

被控訴人において「(一)本訴は第一次に消費貸借による貸金債権の弁済を求め、予備的に約束手形金の支払を求めるものである。(二)本件内入金は控訴人の利益のため、損害金に充当せずに元金の弁済に充当したもので、このことは当時控訴人において十分承知していたのである。(三)本訴債権は時効により消滅していない。すなわち、(1) 根抵当契約は通常契約当事者の一方(根抵当権者)が相手方(受信者)に対し一定金額を限度としその限度額の範囲内で将来相手方の申込に応じ金額の増減如何を論ぜず、繰り返し発生消滅することあるべき債権を成立させることを約する与信契約と相手方において将来成立する債務の担保として予め担保権を設定する契約とを包含するもので、根抵当により担保される債権は、基本契約の存続する限り繰り返し発生消滅して確定することなく、該契約の終了するに及んで始めて確定する。この基本契約は、期間の定あるときは期間の満了により終了し、本件のように期間の定がないときは、契約の解除その他の原因による基本契約の消滅によつて終了すべく、たんに取引上の債務が所定の限度額に達したとの事由で終了し、被担保債権が確定するものではないから、該債権の消滅時効は基本契約の消滅の時から進行するものと解すべきである。ところで本件基本契約は本訴提起まで被控訴人又は控訴人から解除したことなく、その他の原因で終了したこともないのである。そして本件契約において根抵当権者はいつでも任意契約を解除しうる旨定められているので、被控訴人の本訴提起により訴状が昭和二八年九月三〇日控訴人に送達せられると同時に基本契約は解除されこれとともに被控訴人の控訴人に対する債権額は確定しこの時債権の弁済期到来したものというべきであるから、控訴人の時効の抗弁は理由がない。(2) かりに右(1) の主張が認められないにしても、控訴人は昭和一八年一〇月一〇日本件債務を承認しているので、これにより時効は中断し、同日から五年又は三年の消滅時効期間内は債権が有効に存すべきところ、控訴会社は昭和二一年頃以后は事実上会社として存在せず、なんら会社の業務を行わず、登記簿の上だけ商号を同年一月一五日現在の商号に改め、その外本店を東京都内及び北海道内に屡々移転した旨登記を経たるも、事務所営業所は全くなく、ために被控訴人が本件債権を行使するについて、控訴人の所在名称を知ること殆んど不可能の状態にあつたが、種々苦心調査の結果漸く本訴を提起しうる運びになつたのである。元来債務者は信義誠実の原則に従い債務の本旨に従つて弁済する義務を負担しているので、商号変更及び本店移転並びに事務所の所在を債権者たる被控訴人に通知することも、当然右の義務の内容をなすばかりでなく、根抵当不動産につき所有名義人変更の登記をなすべきであるにかかわらず、控訴会社は故意過失によつて右の通知及び登記をしなかつたのである。以上の如き事情のため被控訴人は消滅時効中断の意思を有して可能な限り控訴会社の所在等を調査するの行動を採つたけれども、消滅時効完成前に時効中断の法的措置を採ることが不可能であつた。かかる場合控訴人は民法第一条の法意に照らし、消滅時効を援用する権利を有しないと見るのが相当である。(3) かりに然らずとするも、控訴人は右(2) に述べたように故意又は過失によつて被控訴人の控訴人に対する債権の行使及び時効中断の措置をとることを不能ならしめよつて貸金及び手形金と同額の損害を被控訴人に生ぜしめたのであるから、債務不履行による填補賠償として、また不法行為による損害賠償として、本訴貸金、手形金の請求金額と同額の支払を求める。(四)以上の各請求、主張が理由なしとすれば、被控訴人は手形法第八五条に基き、約束手形債権の消滅時効によつて控訴人が受けた利得の償還を求めて、本訴請求趣旨記載の金額と同一の金員を請求する。前述の通り本件手形債権は若し時効完成しているとすれば、昭和二一年一〇月九日時効により消滅している。手形債権の時効による消滅によつて生ずる利得償還請求権は右日時から一〇年を経過せねば消滅時効が完成しないところ、被控訴人が本訴を提起したのは昭和二八年九月一九日であるので、該請求権は時効により消滅していない。」と述べ、甲第一号証から第四四号証まで(たゞし、中三号証は一から三まで、二一、二五号証は各一、二)を提出し、当審証人有津吉太郎竹内市郎の証言を援用し、乙第一号証は不知と答え、

控訴人において「原判決摘示の被控訴人の主張事実は、被控訴人主張の債権の現存することを否認するの外すべて認める。控訴人の債務は昭和一六年三月までには少くとも弁済により消滅しているし、然らずとするも消滅時効により消滅しているので、該時効を抗弁とする。なお一〇回に亘る内入弁済がすべて元金に充当されて、遅延損害金に弁済されていないということは、銀行事務取扱の常道として有り得ない。本訴請求中遅延損害金の部分は過当であつて、この点からも本請求は不当である。」と述べ、乙第一号証を(送付して)提出した(甲号各証に対しては認否をしない)。

理由

一  被控訴人が貸金ないし約束手形金として請求する原因事実は、当事者間に争がない。控訴人の弁済の抗弁はなんら証拠がないので採用するを得ない。

二  しかし被控訴人主張の通り昭和一八年一〇月一〇日本件貸金ないし手形金債権につき消滅時効中断の効力の生ずる承認がなされたとしても、貸金債権は既に本訴提起(昭和二八年九月一九日提起されたことは当裁判所に顕著である)前の昭和二三年一〇月一〇日、手形債権は同二一年一〇月一〇日の終了と共に時効により消滅したものと解すベきである。ところが被控訴人は、前記事実らん(三)の(1) に書いてある通りに主張するので考えるに、根抵当権ないし根抵当権設定契約の法的性格は、まさに被控訴人主張の通りであるけれども、根抵当によつて担保される債権は、それが当座勘定取引契約(当座貸越契約)とか交互計算契約上の債権等であれば格別、そうでない以上、たとえ、その債権が手形取引によつて生じたものであつても、弁済期の定あるときは、無担保の一般金銭債権とひとしく、消滅時効は弁済期から進行を始めるのであつて、基本契約たる根抵当契約の終了の時をもつて、民法第一六六条第一項の「権利を行使することを得る時」と解すべきではない。換言すれば、基本契約の存続中においても、根抵当の被担保債権の消滅時効の進行することは、通常の抵当権によつて担保される債権が消滅時効によつて消滅するのと同様である。もつともこの場合、担保物権の付従性からして、被担保債権の消滅により、通常の抵当権は消滅するけれども、根抵当権は付従性を排除する性格(結果において抵当権の独立性に近似する性格)を有するため、被担保債権の消滅によつては、当然にその消滅をきたすものでなく、被担保債権の弁済期到来せる場合といえども、根抵当権を実行するには、先ず解約等により根抵当契約を終了せしめることを要するという点等において、担保の特異性を示すものではあるが、被担保債権自体としての特異性を見ることはない。これを消滅時効との関係についていえば、該債権の行使をなしうる時期が、被控訴人主張のように、担保の特異性によつて自然影響を受け根抵当契約消滅の時となるものではない。本件根抵当によつて担保される債権が、当座勘定、交互計算契約に基因するものという証拠もなく、手形取引上の一般債権に外ならないので、本件約束手形債権ないし貸金債権をもつて、当座勘定契約上の債権等と同視し、担保契約の終了、消滅をまつてはじめて債権の行使をなしうる時が到来するとの主張は、当裁判所の採用しない見解である。

三  被控訴人の前記(三)の(2) 及び(3) について。被控訴人は自から主張するように、いつでも任意本件根抵当契約を解除しうるのであるから、これを解除して大正一三年一〇月三一日以后(被控訴人及びその前主)は何時にても、抵当権を実行し得たものであり、たとえ、控訴人の所在変更后の商号が不明であつても、(送達については公示送達の方法により)抵当不動産の競売を申立て、あるいは訴訟を提起して時効を中断し得たのである。競売申立書又は訴状に添付すべき控訴会社の代表者を明らかにする登記簿謄、抄本の如きは后日入手の上追完し得べく、あるいは民事訴訟法第五六条による特別代理人をもつて、控訴会社の法定代理人たらしめうる場合もありうべく、しかも被控訴会社(又はその前主)が本件根抵当権設定当時の控訴人の本店所在地及び商号を了知せる以上、控訴会社の本店移転、商号の変更のごときは登記簿により容易にこれを調査探知しうるのである(商法第一八八条第六六条第六七条等参照)から、時効中断の方法を採ることが不可能であつたという主張は失当であり、控訴人に時効援用の抗弁権がないという主張も、本件に現われたすべての証拠、訴訟資料のもとでは、いまだこれを容れるに躊躇せざるを得ない。そしてまた本件において控訴会社が故意又は過失により被控訴人の本件貸金、手形債権の行使ないしその時効中断を不能ならしめたことについては、証拠がないので、被控訴人の(三)の(3) の主張に基く請求は排斥を免れない。

(四)の利得償還の請求について。被控訴人が第一順位において貸金債権の履行を求め、予備的に約束手形債権の履行を求める弁論の全趣旨に徴するときは、本件手形債権が前認定のように昭和二一年一〇月一〇日の経過と共に時効により消滅した当時において、被控訴人は控訴人に対し、本件約束手形債権の発生原因たる貸金債権を有し、この債権は、その后昭和二三年一〇月一〇日の経過をもつて時効により消滅したものであることが明らかであるから被控訴人の利得償還の請求もまた棄却するの外はない。

よつて被控訴人の請求はすべて棄却すべく、原判決は取消を免れないので、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 桑原国朝 二階信一 秦亘)

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